top of page

宣教師ルイス・フロイスが耶蘇会総長に書き送った手紙


天正13年 1585/10/01 

「紀の国(Quino cuni) と称する他の国があり、ことごとく悪魔を崇拝する宗教に
献ぜられていた。
この国に45の宗派があり、各々一大共和国の如きもので、宗旨の古い為同国は
常に不可侵で、戦争によって亡くすこと能ず、多数の巡礼が絶えず同地に赴いている。

此の宗派叉は共和国の一は高野(Coya)と称し、坊主約4、5千人が同所に居住している。
同所には女子も家畜も一切入れず、諸宗派中最も嫌悪すべきものである。」

「信長はこれらを攻撃しようとしたが、死んだために実行できなかった。
高野山は秀吉にたいしては生命と富貴を失いたくないために服従した。

第2は粉河寺(Cocaua)であるが僧の数がすくなく、とくに記す事はない。」

「第3が根来寺(Negoros)で、この寺は日本の他の宗派とはいちじるしくちがって
いる。その職業はたえず戦争に従事することで、毎日矢を生産し、多く生産した
ものは、戦争の時に多くそれを使用することができる。服装は俗人の兵士のようで、
絹の着物を着、剣には金の飾りをつけ、頭髪は背のなかばに達するほど長くのばして
むすんでいた。
日本の諸候が京都付近で戦争するときには彼らをやとった。
戦争が巧みで常に練習しており、火縄銃および弓矢に非常にすぐれていた。
ドイツ人と同様、よい待遇をあたえてくれるほうに味方する。
寺院や住宅は鍍金してあり、他の寺院より立派である。
根来寺に参拝するものには、2日や3日は無料で、宿泊も食事の世話もする。
根来寺には8千人から1万人の僧兵がおり、その他にもかれらに仕える下男がいる。
出身の大部分は下賎なもの、および市民の子弟の脱奔者、ならびにいやしい悪徒から
なっていたが、根来ということで名誉があたえられ、その前身は問題とされなかった。
広大な所領をもっており、それによって自給生活をしているという。」

Copyright © Q-Pine. All Rights Reserved.

bottom of page