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高野山の伝説(3) 伽藍にて笛を忌む事


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高野山伽藍ばなしシリーズ、3

             伽藍にて笛を忌む事

 太閤秀吉が高野山へ参詣に来た際、観世太夫を同行させておりまして、さて能を見よう、ということになりました。ところがその段になって、僧達が言うには、「お慰みに能をご覧になるのは結構なことですが、当山ではお大師様のお定めの法により、笛を吹くことを戒めております。いかが致しましょうか?」
 秀吉はこれを聞いて不思議に思い、
「これは異な事を聞く。色々な楽器があるというのに、笛だけがいかんというのはどういう事か?」と尋ねました。
「実は、太閤様が昨日ご覧になった柳の木(蛇柳)の少し向こう側に、遥か昔から一匹の龍が棲んでおりました。それを見てお大師様は『あの龍をこのままにしておけば、誰も近づくこともできまい』とお思いになって、そこへ赴くと、龍に向かってこう言われました。
『私は、この山をまさに仏法の霊地にしようと思っている。しかし、おまえがここにいては皆が恐れて近づくこともできない。すまないが、どこか別の場所へ移り住んではくれないか』
 それを聞いて、龍はこう答えました。
『わしはこの山にて無量の年月を過ごしておる。何故今更わしがここを動かねばならんのか』
 お大師様は、幾度か説得を試みましたが、龍はいっこうに動こうとはしません。
それならば、とお大師様は秘密の真言でもって龍のうろこへ毒虫をまき散らしましたので、龍は五体を投げ出し、かゆみにのたうち回りました。

 そのかゆみに耐えきれず、龍はついに降参しました。
『この虫を、ぜひ消してくれ。言うとおり、いずこへでも行くから』

 この嘆願を聞いてお大師様は、
『それほどにも苦しいのなら、虫を取ってやろう。だから、ぜひともこの場から移ってくれたまえ』と言って、虫をすべて取り払いました。
龍はたいそう喜んで、そこから二十町(約2,1km)向こうの山ふもとへ立ち退きました。それより当山はこのように繁栄してまいりました。

 しかし、笛は龍の声を表す楽器でありますので、この音を聞いて、自分の友が来たかと思った龍が動き出すのを押さえるために、笛を戒めているのです」
 それを聞いて秀吉は、
「なるほど。よしよし笛無くとも苦しゅうないぞ」と、笛なしで能をご覧になりました。

『紀伊続風土記』より

◎なお、本文中は「蛇」と「龍」とがごっちゃになっておりましたので、
「龍」で統一させて頂きました。

補稿;本来この文章は、「蛇柳」が出てくるように、奥の院、ひいては高野
山全体にまつわるお話ですが、前出の「蛇原道」のお話の別説として、あえ
て伽藍の説話として扱わせていただきました。ご了承下さい。

dnet0082李 書文でした。

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